19世紀のフィンランド建築上、最も著名な人物であるカール・ルードヴィッヒ・エンゲルは、ドイツ、ベルリン生まれの建築家です。1816年にフィンランドへ移る以前には、市の建築家として働いたエストニアのタリンや、ロシアのセント・ピーターズバーグで仕事をした経歴を持ちます。1816年から1824年の間、エンゲルはヘルシンキの公共建築物をデザインする役目を担う再建委員会の設計士として働き、その後、フィンランドの公共建築を管理する責任者に任命され、1840年に亡くなるまで、その職務を果たしました。 エンゲルの建築デザインにおいて主要であったエンパイア様式は、パラディオ式新古典主義の変形であり、ローマの神殿に似て、円柱や壁柱、ペディメント、建物外面の調和の取れた色彩を重要視しています。彼の公共建築管理責任者としての在職期間中に、エンパイア建築は当時のフィンランド建築に多大な影響を及ぼし、フィンランドにおける優良建築の手本となりました。
その為、エンゲルは都市デザイン事業の責任者という大役を任され、彼の最も重要な仕事であり、長い歳月を費やして設計されたヘルシンキ大聖堂は、現在のヘルシンキで最も有名な建築物となっています。
建築家であり工学者でもあったヨセフ・ステーンベックは、当時最も多作な教会デザイナーとして活躍し、35件の教会と、数十件の教会改装のデザインを手掛けています。彼の教会建築は、木材、レンガ、石材、プラスターといった外壁資材によって四つに分類されますが、中でも石材を使用した重量感のあるデザインは彼の作品の典型です。ステーンベックは、フィンランド・ロマン主義やアールヌーボー建築のデザイナーとして知られていますが、初期にデザインされたものの中には、後期のネオゴシック建築の作品もあります。
公共建築課の建築士であったイルマリ・ラウニスは、ヨセフ・ステーンベックと共に20世紀前半のフィンランド教会建築において卓越した地位を築きました。16件の教会を含む多くの教会関連建築物をデザインしたラウニスは、当時のフィンランドで最も多作な教会デザイナーの一人であり、幾つもの祭壇画やステンドグラスも制作しています。流行に影響される事無く生涯を通じて貫かれた彼の独特なデザインは、幾つかの建築様式の要素を取り入れています。
ラールス・ソンクはフィンランド・ロマン主義建築において最も著名な建築家の一人です。彼は1894年に行われたトゥルク・ミカエル教会の設計コンペを、23歳の学生にして勝ち抜いた事で一躍有名になります。ソンクによるネオゴシック建築デザインは、教会の建築工事中に彼自身によって、アールヌーボーの要素を取り入れ細部修正されています。1900年の設計コンテストを勝ち抜いてデザインしたタンペレ・聖ヨハネ教会(現タンペレ大聖堂)は、彼の最も有名な作品となりました。
ソンクは在職期間を通じて、教会、官公庁、居住用建築物、ログハウスなどの設計を手掛ける傍ら、都市計画の準備も進めました。彼の有名な作品の多くは、その建築家としての地位を確立させたアールヌーボー建築デザインですが、後期の作品には古典主義の要素も見られます。